
映画「いつも二人で」原題「Two for the road 」(Wikipedia よりお借りしました。)

いま、橋本治と内田樹の対談集を読んでいる。(橋本治のことばっかり、、と思われるかもしれませんが、わたくし、彼の30年来の大ファンなのです!)
この第2楽章で橋本治が自分の書いた本のことを書いてある。それは「雨の音州蜜柑姫」というもので完成に10年ぐらいかかったそう。
この本の内容はどういうものかというと、
現在30歳で人生に退屈し始めた主人公。
その主人公が25歳になって22歳、18歳と若返っていて、最後また30歳に戻るという話。
「最後は青春で完結しているんだから、完結させればいいじゃん」と橋本治は自分の著書を突っ込んでいるが 、この意味は?
「青春は、青春の終わりなんてものはなくて、なんか完結してるんだよね。 」と書いてある。
「終わりは何もなくって永遠なんだ。」
「普通に考えれば、あんだけ魅力的な主人公が年取ってつまんなくなるってあるじゃないですか。 しかし、そのつまんなくなった主人公が退屈してるってところからどんどん戻ってくんですよね。」
そして、この本について橋本治は 、
オードリーヘップバーンの「いつも2人で」で(1967年アメリカ)学んだ、と言っている。
私もこの映画を見たが、現在は倦怠期のアルバート・フィニーとオードリー・ヘプバーンが、夫婦でロンドンからニースまでヒッチハイクする映画。
ところが!
出会ったばかりの学生時代、新婚時代、その後、子供が生まれた時代、それらがパラレルで繰り出される映画なのだ。
例えば飛行機に乗っている倦怠期の夫婦、その下をフェリーが通ってて、現在より一代前の若い2人が乗っている。出会った当時はアルバートフィニーに首ったけだったオードリーと、ツン!とした現在のオードリーとが交互にでてくる。
だから、観ているこちらも「これはいつの時代か?」と、
少し頭がこんがらかってしまうのだが・・・。
「ああいう時代があってこういう時代があって、今が不幸だって言うんじゃなくて
いい時も悪い時もある。 全部同じで印象だけくるくる変わっていく。」 (橋本談)
橋本治 「そうすると、ああ、人生ってこれいいんだなという話ですよ。」
内田樹 「要するにリアルに時間が進んでいって、最後に結果があるというのではなく、全ての時間が等価であるということですね。」
ここでは夫婦のあり方を述べてるというか、「夫婦」も「生きること」もこういうもんだよと言っている。 すごいな!そして、橋本治のいわんことを一瞬で理解し、ぎゅうっと凝縮してくれる内田樹もすごい!
つまるところ、
わたしたち人間とか、夫婦って必ず倦怠期ってくるんですよね。。お互いの成長であったり、生き方の違いであったり、浮気や転職とかの問題があったりして。
でも、
そんな時
思い出す
新婚時代は、あちこち出かけて楽しかったかも。
出会った時は、ずっときゃっきゃとして、たわいない一つ一つのことも面白かった。
子供が生まれて、毎日すごく幸せだった。
ひとはそういうことがあった、という時期があれば生き延びられるということなのかな?
そう思うと、長いなが~~~い夫婦生活も人生も気が楽になるから不思議である。
さいごに、
最近読んだphaさんの「パーティーが終わって中年が始まる」とも比較してみる。
パーティーの最中は、主人公は戸惑いや悩みもありつつ、それでも楽しんでいるし、いろんなこともうまくいっているし、若いゆえの特権もある。まさに青春の真っただ中。
それに比べれば中年という今はさびれた感じはするけど、 その青春時代は確かにキラキラした完結した時間なんだ。
そして今、筆者は一大事業のシェアハウスを解散することを決定し、現在は本屋に勤めててコツコツと文筆業をしている。 それも素晴らしい時間なんだ。
何か華やかなことがあって、その後は平々凡々に見えても、、、
それはそれ。 これはこれ。
それを潔く認めて、淡々と人生を進める人が市井の人間の矜持なのかなという気がする。
P.S.
結局、倦怠期に突入してもドライブして旅してるって、ある程度の仲のよさ、基本的な信頼感、楽しみなどがあるからだよね。
旅をしてみると、相手の性格もよくわかるし。。
終わり
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