
副題 「クズになってしまわないための処方箋」(かなり挑発的な題名です!)
宮台真司が、
自身が勤めている都立大学の事件の前に書いた、対談の本だ。
一言でいうと、わたしたちが「じぶんが~じぶんが~」とじぶん可愛さで行動し、周りにまったく無関心でドラクエやメタバースにはまり、人としての営みや愛情を放棄し、人生を終えてしまうような「クズ」になる前になんとかしよう、という本である。
藤井聡は「東京MXテレビ」の「もんまもん」という番組で何度かみかけたことがあり、経済や日本再生について論じるだけでなく、京都大学大学院工学科教授であるから、都市計画についても詳しい。
前半ではこんな章がならんでいる。
「仲間以外はみな風景」
「クズレベルを防ぐ3つの処方箋」と「焚火の効用」
「仲間を幸せにできなければ、自分も幸せになれない」
ここでは、日本人がクズ化している現実とその未来について警鐘をならしている。
わたしたちは、自分だけの小さな家族的な集団では生きていけない。やはり、共通のプラットフォーム(様々な団体がある)であるコモンズ(共有財)に加わっていく意欲があるかどうかが、人間かそうでないかを決めていくのだという。
現代は、つるめる「仲間」というものがいなくなり、1980年代くらいまであった「世間」も消滅し、少数の、またはうすい「知り合い」だけの社会になってしまった。
政治家も、医者も日本の社会のことは本気に向き合わず、「自分のまわりだけ」または「保身」だけが重要となっている。
また、海外でも日本人は血縁を頼ったり、仲間とつるまないという。
中国人は、仲間や血縁をたよってアメリカやヨーロッパや日本にくる。ベトナム人や他のアジア人もしかり。しかし、日本人だけが、血縁や友人を頼らずに外国に行くのだそう。これは、本当にさびしいことだ。実際、海外で病気になったり仕事にあぶれたりしたら、頼れるのはそういう仲間だからだ。
次に、クズ化を防ぐ3処方箋(藤井聡)についての考えは以下のとおりである。
1.「運命焦点化」
自分の人生に対する関心や注意をもって自分を更新化する
(「これはほんとのわたしではない」とか「金がほしいだけだから、仕事をつづける」と考えるのはいけない。「自分が生きているここ以外に目的を置いて」しまうから、クズな行為も免罪符をえてしまい、クズ化を誘発する)
2.「独立確保」
システム的目的を達成するための部品やコマ、みたいのにならない。(出世ゲームや金儲け。)システムや組織が用意した無機質なゲームから距離をおく。
3.「活物同期」
自分の「解部」にある生命的循環、あるいは、解釈学的循環、つまり「活物」に自らの精神を「同期」させることで精神の循環を図る。
それこそバッタを捕まえる、炎のゆらぎを見る、本当に気の合う友人と酒を飲みながら語りあう、本を読む、映画を楽しむ、、、こうした循環を旺盛に回していくことが「生きる」ことだと定義できる。
1.はつねにアップデートしないといけないからしんどいが、2.も大事、3.はもっとも大事ということか。わたしたちは「〇〇にすべて丸投げ」「〇〇にすべて依存」「コミュニティは会社だけ」なんて「どこか一本やり」で突き進まなくていいのだ。
焚火の効用
「安全便利快適」を進めた結果、人類はどんどん不幸になっている。200万年まえからの人間の火をめぐる環境がここ数十年で急速に悪化した。
焚火をすることで急速に家族や友達や仲間意識が高まるから、自然の中で遊ぶことの大切さも述べている。
子育てについて
彼は、親が「言葉の自動機械・法の奴隷・損得マシーン」(すなわちダメ親)だとしても、まわりの大人がまともだったり、いろんなパターンのひとがいたらその子は助かる、という。そういう意味で、むかしのご近所のおばさんや駄菓子屋や銭湯のかたとかの「第三者」というのとか「ナナメの関係」はほっと息をつける大事な関係だろう。
ちなみに宮台真司は「ウンコのおじさん」という育児の指南書も書いて、「鼻くそ飛ばし」をレクチャーしたり、道や電柱に蝋石でこどもたちとうんこを書くなどもやっていたという。ちょっと気になる本だ。(いろんな意味で(-_-;))
宮台真司は、2015年の千葉工業大学の学長との対話で「(松井孝則先生は)地球文明の寿命はあとどのくらいだとおもいますか?300年くらい?」と質問したら、「え、そんなに持つわけはないでしょう」と、笑われたのが怖かった。。そうか、今はウクライナとロシア、イスラエルとパレスチナ、レバノンなどの紛争が起こっているし、そう考えると地球の寿命(あと50億年か?)よりはるかに短いスパンで地球文明なんて終わってしまうのかもしれない。宮台氏は子ども三人が小学生になる前から、宇宙の話をして、子どもたちが、こまい「むき出しの生」を大事にすることに固執することを阻止していたという。そういったマクロな面から「生きる」をとらえることは大事だろう。
コロナと「むき出しの生」
また、宮台真司は、コロナ時やいまも根付いている「むき出しの生」(ただ生きたい、ただただ死にたくないから外に出たくない、自分だけは生き延びたい」という死生観にも批判的だ。
コロナのロックダウンがなぜ若者にとってわるかったのか、、それはその若い時期にもし飲み会なんかがあったら、そこから誰かと意気投合して友達になったり、恋人になったり、子どもが生まれたりする、、なんてバタフライエフェクトがおきていたはずだからだ。
わたしたちは、偶然で生きていることもいっぱいあるんだ!偶然の出会いが私たちの人生を変えたりするのだ!
本当にコロナのロックダウンは、私たちの大事な時期を身体的にもメンタル的にもダメージだった。ドイツのメルケル首相は「みんながクリスマスや休暇に大事な人に会いいたい気持ちはわかります。ですが、少し今回は我慢してほしい。クリスマスの前にいろんな人と会うことによって、祖父母と会う最後のクリスマスにしないようにしましょう」と心を込めて、情に訴えて国民にお願いした。日本の政府は、「ただの要請」だったのに日本人はよく守ったなあ。マスク警察とかもいたし、同調圧力が強すぎて、怖かったなあ。
最後に
藤井聡は「有限性の哲学」こそが、人間の本当の価値を呼び覚ます」と書いており、「いつか死ぬ」「いつか滅びる」ということを知ることが大事だ、といっている。「宇宙のおわりや太陽の終わりを知ること」「特攻隊員の話を聞くこと」「祖父母の葬式に出ること」「身近な人の死」などに触れることで人生観がガラッと変わってしまうだろう。
この例として、宮台真司は、こどもたちに「不老不死」のSFをみせて、「不老不死を望むキャラが出てくるけど、きみたち、不老不死だったら子どもは生まれてこないし、スペースも資源も有限なのにどうするつもり?」と疑問をなげかける。すると、子どもがハッとして、「そうか、人が死なないと生まれてこない!死ぬのは生まれてくるためでもあるんだ」「そうして、社会が循環していくのか」と知ったのが印象的だった。(この考えは万物学的考えであり、ギリシャ哲学、古代仏教にもつながるという。
こういった感受性をもつことで、せせこましい船の中での不毛な座席争いをするやつにはならないだろう、といっている。(前出の「クズ化を防ぐ3処方箋(藤井聡)の2.」にもつながる)
この本は、そのほかに天皇、キリスト教、メタバースなどについて書いており、宮台真司の人生観や哲学がつめこまれている。
また、時折よんでみたい。
そういえば、私たちがこどもだったとき、「死んでしまうのでは?」と思う体験が何度かあった。箱型ブランコで死ぬほど漕いで落ちそうになったり、回旋遊具(丸い塔みたいなもの)で振り落とされたり、川のなかでカニをとってたら深みにはまってしまったり、、別にそれがすごいよかった!ともおもわないけれど、なにもかも「事故がおきないように」セットされた空間であそぶのは逆にこどもの力を奪ってる気がする。
おわり
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