11月後半、関西方面へ旅行に行ってきました。
壇上伽藍にて。本殿の伽藍はもっと大きくて空には朱色の屋根が映えてました。
旅行前から親戚関係でちょっと悩んでいたことがありましたが、
どうすればいいのか、また自分が本当はどうしたいかについてハッとして、高野山から帰ってきた次第です。
そういうわけで、
悩みはまだ続きますが、以前よりだいぶ軽減されました。
宿坊から庭をみた景色。見事な紅葉でサーモンピンクのように見えます。
女人堂より。こちらの紅葉はまだでした!
高野山金剛峰寺にはたった3日間しかいませんでしたが、京都などよりは観光化されておらず、夜も大通り以外は真っ暗で静寂に包まれています。もちろん、金剛峰寺、壇上伽藍などで写真を撮る方もいっぱいいましたし、大型バスの駐車場も満杯でしたが、弘法大師がひらいたこの高野山という聖地に来られて私は幸せに思いました。東は奥の院、西は女人堂まで行き、朝の厳かな雰囲気の中、有名な生身供がみられて良かったです。ちなみに、弘法大師は1250年前に亡くなりましたが、今も生きているという信仰で、真言宗のお坊さんが毎朝2回ご飯を奥の院の御廟橋をとおって、御廟にいる弘法大使にお供えします。
この橋を通るときには、襟を正して一礼して渡ります。また、写真をとることはここから一切許されません。
私の家の宗教は真言宗ではありませんが、教科書で学んだ、平安時代に唐から初めて正式に伝来した、この真言宗と天台宗の聖地には興味がありました。
そういえば、2年前に京都に夫と旅行した時には「比叡山延暦寺」に行きましたが、山の上には、ある意味地上から切り離された神聖さを感じることができました。京都駅で乗ったタクシーの運転手は「え、比叡山に行きましたか?いいところですよねえ。私は悩みがありますとね、友達に頼んで、ときどき比叡山に連れてってもらいます。」と言って、身の上話を語ってくれました。
宿は静かな宿坊で、お坊さんと同じ精進料理をいただき、お水がとっても美味しいせいか御飯もつやつやして美味しかったです。お風呂も広くてお湯がやわらかくて肌がすべすべした気がします。(たぶんね、、、)
今回、ここに行くのを誘ってくれた妹に感謝です。
なんだか、自分が「ととのう」感じがしました。
聖地といわれるところはこういうところなんだ、としみじみ思いました。
また、人は人が多いところにいると「人の気や欲」を感じて、自分のエネルギーが落ちるような感じもします。(若い時はそうでもなくて、むしろ気分がもっと上がるときもありましたが。)たまに山に登ったり、違う場所に行くことは大事なことなのでしょうね。
ちなみに旅行中の4日間はテレビも全く見ず、SNSや電話もしませんでした。
静かに過ごせたのはそのせいかもしれません。
また、行けるといいなあ。
終わり
ランキングに参加しています。ポチっと押していただくと、大変元気になります!!