
暑いですね。
とうとうお盆がやってきました!そして、東北地方には台風5号がやってきます、、明日にかけてひどくならないことを祈ってます。
夫が、
「ねえ、イソップの『アリとキリギリス』の話ってさ、ヨーロッパだと日本と違う意味だってさ」
と、ある本の感想を述べていた。(なんの本かは不明だそうだ💦)
日本だと、夏にバイオリンばっかり弾いて遊び暮らしたキリギリスが、冬に食料がなくて哀れにも死んでしまう話だ。
夫 「暑くてもつらくてもアリのように勤労にいそしむべし、そして、秋になって食べもの乞いをしてきたキリギリスにでも、最後は『ご飯を少し分けてあげよう、でもこれからは改心するんだよ』という話だけど、
ヨーロッパでは、
『がんばってみんなを楽しませるキリギリスは素敵なアーティストです!だから、アリはキリギリスを支援すべき!』と言われてて、アリは悪者なんだってさ。」とのこと。
わたし「 へえー、向こうの方が慈悲深いのかな。キリスト教の考えが強いのかな。」
それは「富めるものは、裕福でないものには支援すべき!」というキリスト教的な考えか自発的なボランティア精神なのかもしれない。ヨーロッパ中世の12世紀前には、自発的な修道会組織やギルドみたいのが活発化してたみたいだし。
しかし、調べてみると、
イソップ物語は戦国時代に(文禄期)日本にきたそうだが、

国文学研究資料館のホームページより
ドイツ、フランスなどの「アリとキリギリス」は日本と比べるとけっこうひどい。
キリギリス「ご飯をくれませんか?」
アリ「夏にさんざん遊んで何もしてなかっただろ?じゃあ、今度はダンスでもしてればいいじゃないか?」
あれ、夫が読んだ本とはちがうなあ、、
この突き放しようは恐ろしい。
しかも、疲れきってるキリギリスに「ダンスしてれば??」って。
しかし、フランスもドイツもイタリアもむかしから、大道芸や芸術は大事にしてるんじゃなかったっけ?
芸術の素晴らしさで人々を癒したり、そこに秘めた風刺で人々のうっぷんを晴らしているんじゃなかったんだろうか?
(ex. 映画「天井桟敷の人々」の大道芸や出し物、「光る君へ」の初回の頃の劇、江戸時代の猿回しや歌舞伎など)
そういえば、先日、放送大学で「都市から見るヨーロッパ史」という番組を見たが、
14世紀になりペストが流行ると、
ヨーロッパでは衛生に関する啓蒙がひろがり
それまでは、
世の中は貧乏に対して寛容だったし、修道会もなんやかんや援助してたのが、
14世紀ころから
良い貧乏と(身体不自由など)
悪い貧乏(怠け者)
とはっきり分けられ、
「貧乏は悪だ!」(衛生面でもよくない、家がきたないと皆が迷惑)となってきたらしい。産業革命になるとその差別やプレッシャーはもっと大きくなったでしょうね...
だから、
夫が言ってた話は14世紀以前のヨーロッパで伝えられてた
イソップの話なのか?それとも
現代社会の我々の考えなのか。
そして、西洋の「アリとキリギリス」では、「キリギリスが、夏は働かずにバイオリンばかり弾いてて、食べ物がなくなったんなら、今度はダンスでもしてればいいんじゃないか?!」とアリから突き放されるが、
日本の16世紀後半の戦国時代に、キリスト教修道士から伝わった「アリとキリギリス」は、前出のように「さいごにはアリにごはんを分け与える」となっており、欧米とはまったく異なっている。
日本人は慈悲深いからか、あるいは「相互扶助」を盛り込みたかったのかはわからないが、伝来した物語が「あまりにひどい」と思ってたから、話の結末を変えたんじゃないか、と言われている。
だから、どれが正しいではなく、「伝わった時代によって」「時の権力者によって」物語は変わるのかも知れない。
でも、そうならば
いちばん初めに書いた西洋版の「アリはキリギリスを助けるべき」という考えは、現代、および中世の前期の思考と考えると面白い。
P.S.
基本的に欧米は大航海時代(コロンブス、マゼランなどが活躍)、植民地時代に対していまはナーバスになってて、コロンブスやアメリカ南北戦争の黒人奴隷時代もNGになりつつあるらしい。アメリカでは映画「風と共に去りぬ」も上映されないと、アメリカ在住の友人から聞いたことがある。
翻って、日本人はそもそもが体も小さくあまり野蛮人とは思えないし、町人でも読み書きそろばんというある程度の教養もそなえており、江戸時代には相互扶助の関係も強かったから「食べ物がないなら、こんどはダンスでもしてろ!」などという、「傷口に塩を塗り込むような話」にはしたくなかったんだろうな、と思う。
おわり
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